Yoshikawa Mae from India 吉川めいのほぼ月イチ インド発見記
[11月]インド・タイム
ゆ〜ったりとしたインドの時間。それは、東京にいる時のようにお仕事が忙しくなかったり、ヨガの練習中心の生活を送っていたり、日中何度もチャイブレイクを取ったりする、スケジュール的なことだけではありません。

インドではインフラが日本のように整っていないので、電車やバスで移動しようとしても、遅れることは日常茶飯事。しかも「遅れ」という感覚さえも日本とは大違いです。東京の電車だったら10-15分の遅れでも「大幅な遅れ」だと思い不便を感じますが、インドだったら「この列車6時間遅れます」みたいなことが、平気で起こりますから(笑)。

それぐらい大らかな時間感覚ですから、小さなことは気にしない。時計の針が指す時刻だって、町中の時計や家の時計、駅のホームの時計やテレビの時計を比べてみたら、すべてが一致することはまずないでしょう!全部を比べてみたら、前後2-30分ほどのズレがあるのがインド流でしょう。最初にインドに行った時は、私も「 あれ??」と思っていましたが、その内インドの大様な時間の捉え方に慣れました。

さて、ちょっと話が変わりますが、私は最近ヒンディー語を習い始めました。まだまだ初歩的なことを学んでいるのですが、先日、ヒンディー語で「昨日」という言葉と「明日」という言葉が、まったく同じ「Kaal」という言葉だと言うことを知りました。

では、昨日の話をしているのか、明日の話をしているのか、どうやって区別をするのか。それは、動詞の形式が過去形であるか、現在形であるかよく耳をすませなければなりません。文章の冒頭にくる「Kaal」という言葉を聞いても、文末の動詞をよく聞いていないとわからないのです。

インドの流動的な時間の捉え方を知っている私としては、「びっくり!」というよりは、割と「あ〜、やっぱりね」みたいに思ってしまいました(笑)。

それでも、時計の時刻って、自然界の流れる時間とは違って、「刻まれている」感じがします。自然界の場合、時間のリズムは穏やかで、大らか。日が昇る時とか、暮れる時。潮が満ちる時と引く時。月が満ちる時や、欠ける時。

そういえば、子どもの頃って、毎日いつも遊びに夢中になっていて、時間のことなんて考えもしなければ、時間に縛られることもなく、暮らしの中で自然といつの間にか穏やかに遊びを楽しんでいたっけ。Lifeってもしかしたら、本当は大人になってもそんな大らかな心で過ごしていいのかも?!

そんなことを思わせてくれる、ゆったりと流れる、ちょっと不思議なインド・タイムなのでした。