Yoshikawa Mae from India 吉川めいのほぼ月イチ インド発見記
[01月]Japa Mala について
マントラやヒンドゥー教の神様の名を繰り返し唱えるプラクティスのことを、サンスクリット語でジャパと呼びます。
マーラとは数珠のこと。基本的に数珠は108のビーズでできており、このような数珠を使ったマントラのプラクティスのことをジャパマーラと言います。

今日はジャパマーラに関する、ちょっと良い話です。

その昔、インドのある地方で、一人のお坊さんが悟りに近づこうと、ジャパマーラの練習をもって神の名を唱える行に励んでいました。108のビーズを右手に握っては、来る日も来る日も、神の名を繰り返し唱えました。
なかなか成果を感じられなかった若い坊は、他の修行僧にどのようなジャパマーラの行が一番良いのか尋ねてみました。
「マントラや神の名は108回のカウントですべきだ」とその修行僧は言いました。
 そこで若い坊は108回の単位で神の名を繰り返し、神に近づこうとがんばりましたが、
やはりなかなか成果を感じられません。
するとまた別の修行僧は言いました。「君は108回しか唱えていないから悟りを開けないのだ。
正しくは1008回すべきだ」
しかしまた別の坊は「10008回こそが悟りの道だ」と言うのです。

何のヒントも得られず途方に暮れた若い坊は、いつもの同じ道角で座っていました。
同じ道角で、牛乳配達の女性が数人集まって話していました。どうやら一人の女性が道を挟んだ
反対側の配達先の家の男に恋をしているそうなのです。
「あなた、そんなに毎日毎日彼のところに牛乳を余計に置いて、損しているんじゃないの?」
「毎週いくつ余分に置いたか、ちゃんと数えているの?」
と他の女性たちがよってたかって聞きました。

すると、その彼女は答えました。
「私は彼のことを愛しているの。だから、一度も牛乳を数えたことはない。愛に会計なんてないのよ」

それを耳にした若い坊は、彼女のシンプルで純粋な言葉に心を打たれました。
神のために名を挙げる行において、回数を数えることは神のためになることではない..。そう思えたのです。
そしてジャパマーラの行において、神の名を数える必要を手放した瞬間、本当の意味での彼の神への愛は深まり、
若い坊は神に近づいたのでした。


スピリチュアルプラクティスの真髄は、愛であることを思い出させてくれるお話だと私は感じました..。
いつまでもこのようなシンプルだけど最も大切なことを忘れずにいたいですね。