Yoshikawa Mae from India 吉川めいのほぼ月イチ インド発見記
[12月]豊かな時間
「ナマステ」と夫が顔を出すと、「お〜、ナマステ」と久しぶりに見る顔に喜ぶテーラーのクリシュナ。
1995年からマイソールに通い続けている私の夫とは、大の仲良しでした。
「チャイ?」
インド特有の小さなスチールカップにお茶を出してくれる。当時のクリシュナのお店は、
ゴクラム商店街の立ち食いレストランの脇の細い階段を上がったところにありました。
初めてインドに行った時、私も紹介され一緒に座りました。
「最近、ビジネスはどう?」と男性らしい世間話。
「うん、まぁまぁだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
その後続く沈黙は、私にはとても長く感じました。
さらに「・・・・・・・・・・・・・・・・」
何分続いたかわからないけど、ずっとじっと沈黙をシェアした後
「ではまた」といった具合で、普通に去るのです。

初めてインドを訪れたこの頃の私は、このような時間の過ごし方に、
何だかムズムズしてたまらなかったことを覚えています。
しかも、特に何も変わった様子もなしに、このちょっとの世間話となにげない沈黙を
彼らは週に何度も繰り返すのです。

次の時も、そのまた次の時も、私はムズムズしました。
それもそのはず、それまでは東京での現実、東京でのペースのリアリティしか知らなかった私。
東京では一番仲の良い友達とだって、互いのスケジュールの合間をぬって会えたとしても
せいぜい二週間に一度ランチをする程度。
なのに、なんで会って間もない、しかも間接的な友達のところで
こんなに何もしない時間を過ごすの?という気持ちがあったのです。

郷に入っては郷に従え。それからの私はそのムズムズを避けようとするのではなく
自分の気持ちに気づきながらも、現地のしきたりに従いました。
そんな気持ちも観察できるようになってくると、ムズムズしている自分を冷静に見れたり、
だんだんおもしろくなってきました。
そうして、それまでの自分の“普通”から解放されるようになったのだと思います。

ゆっくり豊に流れるインドのスロー・タイム。
そこで私が気づいた大切なこと..。

そこでは、ただ何もしていない時間ばかりが過ぎていったのではなく
大切な友だちと、「何もしない」という時間を共有していたのでした。

そんな時間は、とても贅沢で豊かな時間の過ごし方。
なにより、友情のきずなを固くするものだと感じました。