Yoshikawa Mae from India 吉川めいのほぼ月イチ インド発見記
[08月]偉大な魂、マハトマ・ガンディ
モハンダス・カラムチャンド・ガンディこと、マハトマ・ガンディ氏(1869~1948)のお話です。

マハトマ・ガンディ氏は、インド国がイギリスから独立しようとしていた時代に顕著なリーダーとして活躍したお方です。
彼の影響力は政治界に留まらず、宗教を問わない自由な心で非暴力の究極的重要性を訴え、
国民的スピリチュアル・リーダーとして愛されました。後にマハトマ=偉大なる魂(直訳)と
呼ばれるようになり、インドでは「国家の父」として彼の誕生日、10月2日を祭日にしています。
この日は国際的にも「非暴力の日」として守られています。

彼の素晴らしさは、完全たる非暴力という平和的立場を守るだけでなく、
その本当の意味を常に彼自身が生きた例として見せたことにあると思います。
ガンディ氏はいつもインドの伝統的なドティという質素な服装に身をまとい、
住宅地域にしとやかに暮らしていました。食は至ってシンプルなベジタリアンで、
身を清めるために時折長い断食をすることで知られていました。
言葉だけでなく、彼の行動や身のこなしにもその深い信念が反映されていたからこそ、
小柄であっても彼の存在はものすごいパワーをもっていました。

その一つの例として、今日はマハトマ・ガンディ氏の実話をシェアしたいと思います。
(以下、アドヴァイタ・アシュラム発行「Sri Krishna Yoga」という本より)


インド国の独立運動がピークを迎えていたある時、マハトマ・ガンディは数名のイギリス兵が
殺されたことを理由に一旦すべての反対運動を断ち切った。
「やめよう。そして数日間完全な静けさを保とう」と言い、断食をしたそうだ。

独立運動が一番勢いに乗ってきた時のこの選択は、他のリーダーたちや民衆の反感を呼んだ。
すべての新聞紙は彼を強く批判した。ドイツからアドルフ・ヒットラーまでガンディ宛てに手紙を出し、
「君は決してリーダーなんかではない。なぜこんな偉大な運動を止めるのだ?」と問いただした。

マハトマ・ガンディはこう答えた:
「私はリーダーではない。国全体の随行者である」と。

すべてが落ち着いた翌日、ガンディはカルカッタで演説をする予定だった。
彼はなぜ自分の陣営で起きていた暴力を嫌うのか、人々に伝えたかったのだ。
彼が演壇に立ったその時、少し離れた距離から誰かが彼に向かって靴を投げた。
それは言うまでもなく深い屈辱の表現だった。

しかしガンディは、そこでその靴を手に取り、口づけをして、彼の前にあるテーブルに置いた。
「これは、国民からの最大のギフトだ」と言って、変わらず演説を続けたと言う。
それは、なにより完全たる無私の姿勢と超然としたエゴのなさを物語っていた。