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おすすめのダイアリー
[2011/09/30]
そろそろ時期的に来年の手帳を選びたいところ。
書店などに足を運んでお気に入りを見つけたいですね。
今日はヨギーニにぴったりの一冊をご紹介します!

「旧暦美人ダイアリー2012」
2008年より毎年発売され、その使いやすさと
デザインの可愛さが評判のダイアリー。

主な特徴は・・・
1.西暦の日付に旧暦、月の満ち欠けを加えた
機能的なダイアリーページ
2.身体感覚を育む “旧暦美人コラム”
3.暮らしを彩る旧暦の知恵 “旧暦月のオモムキ・ノート”
4.ベストセラー『美人の日本語』著者・山下景子さん
書き下ろしミニコラム“今月の美しい日本語”掲載
5.手になじむ! 軽い! こだわりのエコ素材
麻、綿、和紙布など、天然素材を使用
6.選べる全7柄展開!


半年ごとの見開き、1カ月の見開き、一週間の見開き、と3パターンあるカレンダーはどれも月の満ち欠けがわかる仕組み。
女性は体の変化を感じとれるので嬉しいですね。
アシュタンギーにもgood。
これは半年ごとの見開き
これは半年ごとの見開き


様々なコラムはとってもためになるし、通勤の電車の中で読んだりできるのもいいですね。

そして毎年新柄が加わるカバーは7色展開。
今年は「うめばち」と「のりまき」。ネーミングもかわいいです。



編集部にも愛用者がいるのですが、今まで手帳を一冊を使い切ったことがなかったそう。
でもこのダイヤリーはシンプルで使いやすく、気づいたら今日まで使い続けていたとか・・・


購入やダイアリーについての詳細はこちらのサイトでチェックできます!
旧暦美人の会
http://www.pangea.jp/kyureki/
今日の夜は月見ヨガはいかが?
[2011/09/30]


今月22日に発売したyogini29号はもう、ご覧いただけましたか?

都内にあるさまざまなヨガスタジオに
Yogini編集部員が突撃ヨガ体験のレポートを紹介する
「流派通信」(P20)でも紹介しているスタジオで
今週末の楽しいイベントがある!
という情報を入手したので、ご紹介しますー

■WIRED CAFE<>FIT
代々木公園のすぐお隣りにあるヨガもランニングもできる
気持ちいいフィットネススペース。
こちらの会場で、本日と明日の二日間、月見ヨガが行われるようです。


__↓以下、HPより抜粋________

緊急告知!! 【秋の夜長に、月見ヨガ 〜音とヨガの饗宴〜】
2011.09.26 | WIRED CAFEFIT

皆さま、今週末に気持ちいーいヨガイベントやります!!
【秋の夜長に、月見ヨガ〜音とヨガの饗宴〜】

■日程: 9/30(金) & 10/1(土)
■場所:WIRED CAFE<>FIT

■プログラム:
18:30 受付開始
19:00〜19:30 和氣音LIVE
19:30〜20:30 音とヨガの饗宴 by ロベルト・ミレッティ&和氣音
20:30〜21:00 和氣音LIVE
※19:30からのヨガのみのご参加も可能となっております。

■参加申込み: 不要
(但し、当日参加者多数の場合は会場へのご案内に
お時間をいただく場合がございます)
雨天の際は、20名様先着でスタジオをご案内させていただきますので。

■参加費: 2500円
■持ち物: ヨガマット(バスタオル、ラグでも構いません)
■その他: 参加者多数の場合には、更衣室・ロッカーのご用意が
むずかしい旨、予めご了承下さい。

そして、当日の講師はというと、
ロベルト・ミレッティ先生!

また、当日にLIVEをし、YOGAとコラボレーション即興を
してくださるのは「和氣音(ワクネ)」の方々。
2008年8月8日に誕生した即興Jamband。
楽器によって導かれるままに音を奏でる彼らにとって
楽譜というものは存在しない。
ピュアで純粋な音のエネルギーによる調和、
そんな言葉がぴったりの彼らの音楽は、
是非感情や思考ではなく体の感覚で!
___________

今日、仕事が早く終われる人は、
飲み屋もいいけど、ヨガはいかが?
もしくは…欲張りさんは、今日は飲み→明日はヨガ!
でもいいね(笑)

私もいこう!(つっつん)
Riding the Storm by Leza Lowitz
[2011/09/21]
本日9月22日発売のYogini P15で紹介した、Leza Lowitzさんの原稿の全文を掲載します。

この原稿は、震災の混乱がやや落ち着いた時期に、リザ先生から編集部に送られてきたもの。3月11日に起きた震災によって、私達一人ひとりが、さまざまな感情にさらされ、いろんな選択を迫られました。リザ先生は、日本でヨガを教えている外国人ティーチャーの一人として、日本に留まり続ける外国人ティーチャー達の思いを伝えたいと思い、取材を重ね、この原稿を書き上げたそうです。

編集部としても、是非紹介したいと感じたこの原稿。一人でも多くの方に読んでいただければ、と思います。ヨガの本質や、ヨガの持つ可能性について、改めて考えさせられるはず。

日本語訳と、その下に英語の原文を掲載しています。

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Riding the Storm
by Leza Lowitz

「何度も何度も崩壊しそうな状況に陥ることで、いかにしても破壊されないものが自分の中に見つかる」とPema Chodronは言っていますが、この言葉は、私をはじめとする、2011年3月11日に発生した大規模な震災、津波、そして原子力発電所の危機の後も日本に留まり続けた、ヨガのインストラクター達が、本当に身にしみて感じたことだと思います。

友人や家族は、私達の健康について不安に感じ、さまざまなことを言ってきてくれました。事態がもっとも深刻であった時から今まで、私達は自分自身に問い続けてきました。―私達は“故郷(home)”に向かうこともできるのに、なぜ起こりうる危険の中に身を置き続けるのだろう? 一体“故郷(home)”とは何を意味するのだろうか?―と。
今回の危機的状況によって、私は本能的に自分にもやがて訪れる死について考え、自分のもろさや恐怖心と向かい合うことになりました。私は自問したのです。「恐怖に支配されるか、それとも誰かの役に立つことになる行動を起こすか。」その答えは明白でした。「ヨガのプラクティスを今活用せずに、一体いつ活用するというのでしょう…。」
私達の経験は一人ひとり異なっていますが、皆それぞれが自分のプラクティスをこれまで以上に深くしていく必要があったのです。

【1】 Jenni Uzuki
ニュージーランド人のJenni Uzuki(36歳)さんは、1995年から日本に住んでいるアシュタンガヨガのインストラクターです。彼女こそ、日本を離れる理由を持っていた女性だと言えるでしょう。地震が起きた当時、Uzukiさんは妊娠8カ月だったのです。電車が運行していなかったため、彼女は家まで歩いて帰らなくてはいけませんでした。地震が起きる前は、家から駅までの徒歩15分がとても辛かったという彼女は、出産を三週後に控えているという時に25キロもの距離を歩かねばならなくなることなど、考えてもみなかったでしょう。しかし、彼女のプラクティスが集中を高めてくれたのです。「私は、ずきずきと痛み始めていた関節や筋肉に呼吸を送りこむように意識しました。そして七時間歩き続け、自分の家へとたどり着いたのです。」
Uzukiさんは夫が日本人なのですが、家に着くまで津波や東北の壊滅的状況をまったく知りませんでした。そんな中、原発の問題が勃発したのです。それでも、彼女は日本に残ることにしました。「可能な限りたくさんの情報を集めました。そして、明らかに過激すぎる表現をしている報道に心を奪われないように留意し、信頼できる科学者が、日本にすぐに危機的な状況に陥ることはないだろうというのを信じることにしました。日本に留まることに決めた、もっとも大きい理由は予定日がすぐそこまで迫っていたことでした。私自身とお腹の中にいる子供にとって、もっとも安全なのは病院の近くにいることだと考えたのです。それに、夫の家族も東京に住んでいます。彼らが東京に留まっているというのに、夫に日本を離れることを頼む、なんてことはできませんでした。」
 地震が起きてちょうど一カ月経ち、Uzukiさんは元気な赤ちゃんを出産しました。「この子は、人生が続いて行くということを、素晴らしいかたちで教えてくれています」と彼女は言い、東北でボランティア活動をすることを希望していますが、今のところ、彼女の時間はほぼすべて、母親になることと子供を育てることに費やされているようです。

【2】 Nirmal Raj Gyawari
妊娠によって重要な決断を迫られたのは、34歳のハタヨガインストラクター、Nirmal Raj Gyawali氏も同様でした。地震が起きた時、Nirmal氏の妻は第一子を身ごもっており、妊娠五カ月でした。彼が日本に来たのは2003年のこと。地震が起きた時、彼は自分のスタジオにいました。地震が起きて、彼は生徒達と一緒に六階から地上まで、階段を駆け下りたそうです。「自然の力強さを思い知らされました。その力を前に、誰も抵抗することなどできないのです」と彼は言います。彼の妻は出産のためにネパールに帰りましたが、Nirmal氏はヨガを指導するために日本に残りました。彼は、被災地へ足を運び、避難所で人々にヨガを伝える活動を行っています。

【3】Ronna Fujisawa
アメリカ人で、アイアンガーヨガとマタニティヨガのインストラクターであるRonna Fujisawaさんは(42歳)は、地震が起きた時一歳になる子供と一緒でした。子供をあやしながら、彼女は混雑した通りを家に向かって一時間以上歩き続けましたが、頭の中では、一体何が起きているのだろうという恐怖でいっぱいでした。日本人の男性と結婚し、15年以上も日本に住んでいた彼女は、プラクティスの中に安らぎを見いだしたと言います。Fujisawaさんは迫っている危険を非常に現実的に感じつつも、生徒達が前向きでい続けられるよう励ましました。「彼女たちは皆妊娠しているので、妊娠している女性や小さな子供がいる母親が皆そうであるように、とても不安を感じています。」マタニティヨガのクラスは、そのような問題について話したり、情報を共有するという役割を果たすようになっていきました。

【4】Barry Silver
アシュタンガヨガのインストラクターでアーティストでもあるBarry Silver(47歳)氏は、地震が起きた時、福岡に向かう飛行機の中にいました。着陸してから、携帯電話を確認すると、「地震」という題名のメールが目に飛び込んできたそうです。彼は予定通り、ワークショップを行いました。その後、東京に戻る時になり、福島の原子力発電の状態を目にして、Barry氏は東京へ戻ることに不安を感じずにはいられませんでした。5年前に2カ月間のヨガレッスンを受けるために日本を訪れてから、そのまま日本に滞在している彼は、9・11のことを思い返したのです。
9・11が起きた時、Barry氏はニューヨークにいて、Sri.K.パタビジョイス師のワークショップを受けていました。「私達は、てっきりパタビジョイス師がインドに帰ってしまうと思いましたが、彼はニューヨークに残り、教え続けたのです。」そして、そのクラスは、とてもグラウンディングした、深みのある内容だったそうです。「彼らは私達に希望を与えてくれましたし、そこに存在していたものがそれまでとは違う在り方になってしまってもなお、世界は続いて行くのだということを感じさせてくれました。その時の記憶が、私を東京に向かわせてくれて、その後も日々のマイソールクラスを続けることができたのです。
ヨガのクラスの時間を通じて、バリー氏も生徒達も、前向きなものの見方をすることができたり、お互いの結束がさらに深まったと言います。今も、バリー氏は日々ヨガを教え、日本各地でワークショップを行っています。地震そのものを経験してはいないものの、「もちろん怖かったよ」と、彼は独特のユーモアを交えて語ってくれました。

【5】Dylan Robertson
36歳のパワーヨガのインストラクター、Dylan Robertson氏も恐怖を感じた一人です。彼はオーストラリアのBrisbane出身で、卒業後1997年2月に東京に来ました。地震が起きた時、ハガーマガーの会社内にいました。「七階から階段を駆け下りました。私達はその打ち合わせが初対面だったのです。お互いに決して忘れることはない間柄になりました。」Robertson氏は、Hello Yogaというソーシャルサイトを運営しており、情報を広めたり、コミュニティを作ったりしています。彼は日本に留まって、東北の子供たちを支援するための、Tyler FoundationのShine On!というプログラムを進めています。

【6】Jesse lee Parker
Robertson氏が「行動する」というかたちで反応したのに対し、25年もの間、道教(Tao)の教えを実践者し、指導者でもあるJesse Lee Parkerは、とても精神的なアプローチをした人物です。「変化や変質こそ、道教(Tao)の教えです。一体どうやってこの偉大なる真実を表現することができるでしょうか。それは、ありのままにその状態であることによってでしょう」と彼は言います。
現在40代のParker氏は、1990年代半ばに休暇を取るために日本に来て以来、Silver氏のように日本に留まりました。彼にとって、3月11日に起きたことは、目が覚めるような出来事でした。「自分が立っている地面が、波のような、流れのある水のような物体のように感じられ、それは波打ったりうねったりしていました。とても奇妙で衝撃的な体験です。私は動くこともできず、これが終わりの時なのではないかと感じたものです。そして、恐怖に包まれていきました。」しかし、そこで Parker氏は教えを思いだし、心の中でそっと微笑み、意識して深く呼吸をし、精神を安定させていきました。
「もし、これが私にとって最後の数分になるのなら、私はそれを心の平和と喜びのある時間にしたいと思いました」と彼は回想します。しかし、やがて強烈な揺れはおさまり、余震にはおびやかされつつも Parker氏は家に帰りつくことができました。その後、原発の問題が勃発し周りの知人たちが日本を離れていくのを見ながらも、 Parker氏は日本に留まることを決めました。
「タオヨガを教えている私にとって、これはストレスやトラウマ、恐怖や衝撃からくる苦しみに対して、もっと積極的にアプローチしていくための機会なのではないかと考えたのです。」 Parker氏にとって、呼吸と意識の統一によって望ましくない感情に変化を与えていくことは、生きることの意味が無条件に他の人に尽くすという極めてシンプルな行為の中で見つかる、という気づきへと導いてくれるものでした。
皆と同様、 Parker氏は自分が英雄であるとも、そのように見られたいとも思っていません。むしろ、彼の決断とは、奉仕することや委ねることといったヨガのプラクティスをより深めていくことでした。「地震の混乱のさなか、そしてその復興へ向かっていく間、生徒達と内なる平和や安定した境地を共有していく中で、私は自分の真なる目的を発見しましたし、信ずべき生き方について確信が持てるようになったのです。」

【7】Haidar Ali
イラク生まれのHaidar Ali氏は、地震が起きた時はインドにいましたが、その後家族と生徒と共に日本に戻ってきました。震災後、クラスでは祈りや瞑想に費やす時間が増えました。「皆がお互いに助け合えるように、冷静で、たくましく、前向きであろうと心がけました。」関西でアヌサラヨガを教えるMark Shveimaも同意見です。「日本中の人々が、復興に向けて何か助けになることをしようとしているようです。その姿にとても感銘を受けました。」
実際に、あまりにも多くの人が志願したために、ボランティアセンターが混乱してしまったのだと言います。「救援団体にボランティア志願の申請を出しましたが、その回答は、自分達が管理しきれない程のボランティア志願者が集まってしまっている、というものでした。助けに行きたいのであれば、ハイチに行ってはどうか、と言われてしまいました。」とSilver氏。彼のことだから、本当に行こうと思ったかもしれません。

【8】Em Bettinger
被災した人々に対するチャリティヨガを行う上で、もっとも精力的に活動していたのは、イギリス人のヴィンヤサヨガ、陰ヨガのインストラクターであるEm Bettingerさん(37歳)でした。彼女は、震災前後ずっと日本にいて、日々ヨガのクラスを教え続けました。危機のさなかでも彼女は人々の支えとなり、多くの人が、彼女の落ち着いた中にある強さ、パワフルなヨガや瞑想のクラスに対して、信頼を寄せていました。
 Bettingerさんにとって、日本に残ることは決して自然なことではありませんでした。「私は11年以上日本に住んでいます。日本には私の生活があり、とても感謝をしてはいるのですが、ここ数年私は東京の持つ複雑さに対して、苦悶していました。日本がとても好きなのですが、私は東京に太刀打ちができなかったのです。でも、3月11日2:46に変化が起きました。」
 その日に起こった震災は、彼女を悩ませている東京という地から離れる絶好のチャンスだったと言っていいでしょう。母なる地球が彼女にチケットを用意してくれたのですが、彼女はそれを受け取りませんでした。Bettingerさんは、自分の“内に”ある問題をそのままにして東京を離れるのではなく、この危機を、もっと自分の内面を深く見つめるために使おうと考えたのです。
 「地震が起きた時、私はインターナショナルスクールで高校生にヨガを教えていました。“リラックスするクラス”を、という希望が出ており、足を上げて壁にもたれさせるような格好をしていた時に、地面が揺れ始めました。最初生徒達は、壁がマッサージをしてくれているみたいだ、と言って無邪気に笑っていたのですが、その後間もなく、避難が必要だということを悟ったのです」
 彼女はその日、学校で夜を明かしました。「土曜日の朝にニュースを見るまで、私は何が起きているかをまったく知らなかったのです。夫の隣に座って、私はすすり泣きました」そして、日曜日にはSun&Moon Yogaスタジオを開け、クラスを行おうということになりました。「Chops Hsu(台北から来ているインストラクター)とLezaと私はクラスをするためにスタジオに向かったのです。」
 生徒達が笑顔で朝のクラスに訪れた時、そこには深い悲しみもあったことを、Bettingerさんはよく覚えています。「最初の日、クラスを行うのはとても大変でした。注意深く言葉を選んで話さなくてはいけませんでした。最後の瞑想の時間には、円形に座って皆で手をつないだのです。私は自分が泣いてしまわないように努めました。」皆がそれぞれにした経験をシェアし、話したり、お互いを思いやることで、その場には安堵感が広がって行きました。とはいえ、しなければならないことは山積みだったので、彼女はすぐに友人のpaul氏と一緒にSun&Moon Yogaスタジオでチャリティ活動を開始しました。
 「かばんやリュックサック、スーツケースに救援物資をつめて人々が集まってきました。皆で協力して、物資を種類分けし、梱包をしていきました。訪れる人は後を絶たず、車を持っている人は(合計96個もあった)ダンボールをSecond Harvest Japanまで運んでくれたりしました。物資はそこに集められ、被災地の人達に分配されていったのです。こんなにもたくさんの物資が集まるなんて思ってもいませんでした」とBettingerさんは言います。それは、日本における、非組織的な寄付の中で最大の規模になったのでした。
 このような人々の動きに、Bettingerさんは非常に心を打たれました。「帰っていく時、皆が私達にお礼を言っていくのです。このようなチャンスを作ってくれてありがとう、と。」
 震災とその後に起きたことが、彼女にさまざまなことを教えてくれました。「私達には毎日のように難問が突きつけられているのでしょうか。私達が行っているヨガは、それに立ち向かう上で大きな助けとなってくれます。人生の中で、たやすいことなんて何一つないのです。」
 地震によって、個人的な感情にも変化が現れました。「自分の東京に対する感情の多くは、自分で作り上げたものでした。“私の”求めるもの、“私の”望むもの、“私の”期待するもの…という風に。これはヨガではありません。ヨガは私達に、執着しないこと、を教えてくれます。それは、ヨガスートラにも主たる教えとして書かれていることにあたるでしょう。〜Abhyasa(修練)とVairaya(執着しないこと)です〜」
 「11年間、私は日本から多くのものを与えられてきました。今度は私が返す番です」と彼女は言います。「この3カ月間東京で暮らす中で、一度は対立をしていたこの街に対して、私は新たな愛着と敬意を感じ始めています。」

【9】Miles Maeda
Bettingerさんと同様、ハワイ生まれでクンダリーニヨガの講師でありDJでもあるMiles Maeda氏(41歳)は、率先して音楽とヨガを組み合わせたチャリティイベントを企画しました。彼は6年前にDJとヨガ講師として日本を訪れ、2010年に日本に移住した人物です。地震が起きた時、彼は東京のカフェにいました。「皆が店の外に出て、道路に立ちつくしていました。数分間、木々や電線が揺れ、自分が立っている地面が右から左へとうねっていました。小さな地震にはもうずいぶん慣れましたが、あの時の揺れは、文字通り芯から揺さぶられるような感じでした」
 地震の後、彼は自分の師を訪ねてカリフォルニアに行きました。「一週間もの間ずっと続いていた無数の余震には、本当に参りました。アメリカに着くまで、自分がどのくらいストレスを抱えているのかにも気づいていなかったのです。」しかし、師と一緒にその時の状況について冷静に考えるうちに、日本に戻らなくては、という思いが確信に変わっていきました。飛行機が雲を切って、成田が見えてきた時、安心して大きく息を吐いている自分がいました。それはまるで、“故郷(home)”に帰ってきたような感覚でした。 
 変化は避けられないものなのだ、とMaeda氏は言います。私達がこの震災で身を持って経験した数々の変化に適応していく中で、彼のこの言葉は、肉体的・精神的・感情的に、さまざまな面から生徒達をケアしていく上で、とても重要な役割を果たしてくれるでしょう。
「地震や放射能の問題に立ち向かう時、クンダリーニ瞑想が、その力を最大限に発揮するでしょう」と彼は言います。震災を通して、BettingerさんもMaedaさんもはっきりと感じたのです。日本こそ、彼らの“故郷(home)”だと。「自分の経験について語り、伝え、シェアしていくために、新しいものを作り出すために、日本の人々とともに生きていくために、自分は日本に来た」のであり、それが日本に留まった理由なのです。

【10】Duncan Wong
流れるような体の動きの草分けであり、ヨギックアーツの創始者でもある、Duncan Wong氏(43歳)は、日本に留まるという、家族の決断に対して、慌てたりすることなく、東京から国内の別の場所へと移動をしました。
「いろいろと考えてみましたが、私達が日常の中で探している狭義の平和というものは、真実を心の中に取り残していることによって、得られるものだと思うのです。私達の心から発せられる、直感的な声は、説明しづらいのですが、私達がやるべきことを教えてくれます。」
彼が、京都にいる妻に会うために日本に降り立ったのは、地震がおきた数時間後でした。悲劇の規模や深刻さは、手がつけられない程で、「ニューヨークでの9.11事件の影響をもろに受けたり、1986年のサンフランシスコでの地震を体験していてもなお、広範囲におよぶ地域が徹底的に破壊されたり、原子力発電所が危機的状況に陥っているのを目の当たりにして、恐ろしさを感じずにはいられません」とDuncan氏は書いています。48時間以内に、ハワイかマイアミにいく便があったのですが、結局、彼の家族(関東地方出身の妻と、アメリカ人のDuncan氏、そしてまだお腹にいる彼らの双子の赤ちゃん、年老いたトイ・プードル)は九州最南端の島に移動したのでした。
ずっと、彼を勇気づけていたのは、日本人である彼の妻でした。「妻の純子は、献身的に生きること、そして混乱した内と外の世界と向き合う必然性に身を委ねることを、教えてくれました。」
「日本中で行った、チャリティヨガのイベントを通して、福島や東北地方に対して義援金を送ることができたことで、私は、皆を勇気づけたり、団結のシンボルとなったりすることができるようになりました。恐れや疑いを持っている時でも、メディアをはじめいろいろなものから、情報を得ることができます。」
現在、Duncan氏は定期的に東京に行き、パフォーマンスと指導をしています。「私は、勇敢な妻(Love Warrior Yoga Family)に触発されて、問題の核心に触れたような気がします。おそらく彼女は、健康を害するであろう、さまざまな怖れや否定的な要素を、既に乗り越えているのだと思います。」


地震、津波、原発事故という三重の悲劇に見舞われたことで、この儚くて壊れやすい地球を守っていくためにエネルギーや思いやりを結集することや、今行われているとんでもない消費を見直すこと、苦しんでいる人達を助けることについて改めて考えるきっかけを得た人がたくさんいるのではないかと思います。Fujisawa氏は言っています。「私達が幸せになれるように、私達や世界が抱えている苦しみを乗り越えていかなくてなはいけません。ヨガがあれば、幸せが必然的であるような生き方をすることができるようになります。」
今回の震災を経て、私達はhomeというのが、今この瞬間に自分がいる場所である、ということを分からせてくれました。そして、プラクティスは、例え何が起きようとも、地球であれ、海であれ、肉体的な最後が訪れたとしても、絶えずそばにあるものなのです。
私達は皆本当につながっているのです。断絶を起こすような災害の渦中にあってもなお、私達はそれを強く感じることができます。そして、この断絶を通して、私達は地球と繋がる力、お互いと繋がる力、そして私達一人ひとりが持っている人間性と繋がる力を再発見し、その繋がりを強くするのです。未来のために、地球のために、それぞれのために、一人ひとりが集まってきて一致団結した行動を取る、これはカルマヨガの核心ともいえるものです。
これが、今でもなお、私達の多くが日本に留まり続けてようと決めた理由なのです。


ヨガインストラクターであり、ライターでもあるリザ・ロウイッツさんは、東京にあるSun and Moon Yogaのオーナーです。最新作は“Yoga Heart: Lines on the Six Perfection”(Stone Bridge Press)です。Huffington PostとRedroomに震災に関する記事を寄稿。

著者のあとがき:他にも数人、外国人インストラクターの皆さんにこの記事に関して連絡を取りましたが、取材を受けていただけませんでした。

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Riding the Storm
by Leza Lowitz

 Pema Chodron said, "Only to the extent that we expose ourselves over and over to annihilation can that which is indestructible be found in us." This rings especially true for myself and other yoga teachers who stayed in Japan after the massive 9.0 earthquake, tsunami and four nuclear meltdowns struck on March 11, 2011.
 Friends and family members worried, questioning our sanity. During the crisis and even now, we had to ask ourselves: Why would we stay in presumed danger when we could head back home to "safety?" And what about the whole concept of "home?"
 For me, the crisis woke me up to the fact of my mortality in a visceral way, made me face my fragility and my fears. My sadhana led me to inquire: Do I let my fear control me, or can I try to turn my emotion into actions that might be useful and helpful to others? The answer was clear. If I couldn’t use my yoga practice now, when could I ever use it? Although each of our experiences was different, we all had to call upon our practice in deeper ways than ever before.

 New Zealander Jenni Uzuki, 36, is an Ashtanga teacher who’s lived in Japan since 1995. If anyone had reason to leave, it was she. Uzuki was eight-and-a half months pregnant when the earthquake hit. When the trains stopped running, she had to walk home. Prior to the quake, a 15-minute walk from home to the train station was tiring; she never imagined she’d have to walk 25km 3 weeks before her due date. But her practice helped her focus. “I was able to direct my breath into the joints and muscles which started to ache several hours in, and keep walking for the seven hours it took me to reach our apartment,” she recalls.
 Uzuki, who is married to a Japanese, had no idea about the tsunami or destruction in Tohoku until arriving home. Then the nuclear crises erupted. Yet, she decided to stay. “I looked at the information available, chose to disregard the more obviously sensationalist media, and was reassured that respected scientists considered Tokyo not to be at immediate risk. The main reason I stayed was that I was close to my due date--the safest thing for myself and my baby was to stay near the hospital. And my husband's family lives in Tokyo. There is no way I would have asked him to leave while they remained.”
 Exactly one month after the earthquake, Uzuki gave birth to a healthy baby boy; “a wonderful reminder that life goes on.” She says she wants to volunteer in Tohoku, but for now, “being the mother of a newborn baby takes up almost all of my time.”

 Pregnancy was also in the forefront of a decision made by 34-year-old Hatha Yoga teacher Nirmal Raj Gyawali of Nepal. His wife was 5 months pregnant with their first child when the quake struck. Gyawali, who came to Japan in 2003, was at his studio. He and his students ran down 6 flights of stairs to the street. “I realized that nature is very strong, and nobody can fight back,” he said. His wife returned to Nepal to give birth, but Gyawali stayed to teach and has gone to the affected area to share yoga with those in the shelters.

 American Iyengar/prenatal yoga instructor Ronna Fujisawa, 42, was with her 1-year-old. Cradling her baby, she walked home for over an hour through the crowded streets, in awe of what had happened. Fujisawa, who has lived in Japan for over 15 years and is married to a Japanese man, took refuge in her practice, though she’s realistic about the dangers and tries to remain positive to support her students. “As they’re all pregnant, there is a lot more concern with pregnant women and mothers with small children.” The classes are a vital way to talk about the issues and share information.

 Ashtanga teacher and artist Barry Silver, 47 was high in the sky on a plane to Fukuoka when the earthquake struck. Checking his phone upon landing, the subject EARTHQUAKE popped up in an email. He decided to offer his workshop as planned. Later, heading back to Tokyo, he saw footage of the Fukushima nuclear plant and wondered if he should return. Then, Silver, who came to Japan five years ago for a two-month teaching assignment and never left, remembered 9/11.
 Silver was in New York City then, taking a workshop from Sri K. Pattabhi Jois. “We expected him to return to India, but he stayed and taught,” Silver recalls, adding that the classes were very grounding and profound. “They gave us a sense of hope, a feeling that life would continue at a time when we felt that existence as we knew it was over. These memories encouraged me to get back on the plane to Tokyo and continue teaching daily Mysore classes.”
 The classes helped Silver and his students remain optimistic and unified in a much deeper way than before. For now, Silver continues to teach daily, travel throughout Japan and offer workshops. Though he had not experienced the quake itself, “needless to say, I was still terrified,” he says with characteristic humor.
 
 Terror was also real for Dylan Robertson, a 36-year old Power Yoga teacher from Brisbane, Australia, who came to Tokyo in February 1997 after graduation. He was in the office of Hugger Mugger's Japan distributor when the temblor hit. “We ran down 7 flights of stairs to the street below. It was our first meeting, so we'll never forget eachother,” he says. Robertson used Hello Yoga, his popular social media site, to spread information and unify the community. He stayed in Japan to work with the Tyler Foundation’s Shine On! program for children in Tohoku.
 
 While Robertson’s response was one of action, Jesse Lee Parker, a 25-year practitioner and teacher of Taoist Arts, took a decidedly spiritual approach. “Change and Transformation is the way of the Tao. How to express this great truth? By allowing it to naturally be,” he says.
 Parker, who is in his forties, came to Japan for a 2-week vacation in the mid-90s, and like Silver, never left. His memories of 3-11 are vivid. “The earth below had become something akin to a wave, a fluid, water-like substance pumping and undulating below. It was so foreign and intense. I paused and felt that perhaps this was going to be our end, and fear began to arise.” Parker then turned to his training, smiling internally and engaging in deep mindful breathing; entering into a state of tranquility.
 “If those were to be my last minutes, I wanted them to be a time of inner peace and joy,” he reflects. But the earth calmed down, and he returned home, only to be shaken by aftershocks. And, as the nuclear crisis unfolded and many friends left the uncertainty of Japan, Parker chose to stay.
 “Being a teacher of Taoist Yoga and a Traditional Healer, I saw this as an opportunity to give more of myself to those suffering from stress, trauma, fear and shock.” For Parker, being able to use the techniques of breathwork and mindfulness to transform unwanted emotions has been a journey, leading him to discover that life’s value is found in the simple act of being able to serve others unconditionally.
 Parker, like the others, does not see himself as heroic nor wish to be seen as such. Rather, the decision was a deepening of his yoga practice of service and surrender. “As I continue sharing a path to inner peace and tranquility with my students in the midst of disaster and recovery in Japan, I have uncovered my true purpose and found a way to an authentic life.”
 
 Iraq-born Haidar Ali, who was in India when the quake struck and came back to be with his family and students, said his teaching has included more prayer and meditation than before. “I want to stay calm, strong and positive, encouraging everyone to help each other.” Anusara teacher Mark Shveima, also in Kansai, agrees. “It seems most of the people in Japan are trying to help in some way, and this is deeply inspiring.”
 In fact, so many people want to help out that volunteer centers are overrun with requests. “I sent an application to a relief organization, and they replied that they have more volunteers than they can use. They asked me if I wanted to go help out in Haiti!” Silver says. He might even consider it.

*****
 One of the most active teachers in organizing charity yoga for those affected is British Vinyasa and Yin yoga teacher Em Bettinger, 37. Bettinger stayed in Japan throughout, offering daily yoga classes and support. Many students credit Em’s quiet strength, support and powerful yoga and meditation classes with helping them get through the crisis.
 For Em, staying was not exactly natural. “I’ve been living in Japan over 11 years, and although I have a life I am grateful for, the last couple of years I’ve struggled with the complexities of Tokyo. I loved Japan, but Tokyo was my nemesis. 2.46pm, March 11th 2011 changed that.”
 If there was ever a time for her leave her struggle behind, 3-11 was it. Mother Earth was offering her a ticket. She didn’t take it. Instead, she used the crises to look more deeply at herself, leaving her *internal* struggle behind instead.
 “When the quake struck, I was teaching yoga to high school students at an international school. The students had asked for a ‘relaxing class,’ and as they rested their legs up against the wall, the earth began to move. They innocently laughed that the wall was giving them a massage. But within seconds we knew the school had to be evacuated.”
 Bettinger stayed at the school overnight. “It wasn’t until I got home on Saturday morning and watched news reports that it hit me what had happened,” she continues. “Sitting with my husband, I sobbed.” A decision was made to open Sun and Moon on Sunday and hold classes. “Chops Hsu (a teacher visiting from Taipei), Leza and I went in to teach.”
 Bettinger recalls that when the students walked in for the morning class smiling, there was also great sadness.
 “That first class was hard to teach. I needed to to choose my words carefully. For the meditation at the end, we sat in a circle and held hands.
I tried not to cry,” she recalls. Each had their own story to share. Mainly, there was a relief in having a space to talk, to share, to offer and receive comfort. But because so much more needed to be done, Bettinger got to work right away to set up a charity drive with her friend Paul at Sun and Moon.
 “People walked in with bags, rucksacks, and suitcases full of supplies. They stayed to help put together boxes, sort out the supplies and then pack them up again. The flow of people did not stop. People with cars kindly drove all the boxes (96 in total) to Second Harvest Japan, who would distribute to the affected areas. We hadn’t imagined we’d have a collection of this size.” It was the largest non-corporate donation in Japan.
 Bettinger was very moved by the outpouring of support. “As people left, *they* thanked *us* for giving them the chance to help.”
 For Bettinger, the quake and the aftermath were the greatest teachers yet. “Aren’t we given challenges everyday? Our living yoga is to help us through those challenges. Nothing comes easy in life.”
 The disaster’s lesson was also personal and profound. “I saw that my attitude towards Tokyo was a lot of my making; not meeting *my* wants, *my* desires, *my* expectations. That isn’t yoga. Yoga teaches us the practice of non-attachment. Aren’t those the major principles of the Yoga Sutras-- Abhyasa (practice) and Vairagya (non-attachment)?”
 “I’ve been given so much in my 11 years in Japan. It’s now my turn to give back,” she says. “Three months on I am still here, with a newfound love and respect for a city I once battled with.”

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 Like Bettinger, Hawaiian-born Kundalini teacher and DJ Miles Maeda has also been active organizing charity music events & yoga workshops. Maeda, 41, had been coming to Japan as a DJ and yoga teacher for six years before moving here in 2010. He was in a Tokyo cafe when the quake struck. “We ran out the door and stood out on the street where the trees were shaking, the power lines were swaying, and the street beneath our feet was shifting side to side, for several minutes. I was just starting to get used to all the little quakes, but this one literally rocked me to the core.”
 After the quake, Maeda went to California to visit his teacher. “Having numerous aftershocks daily for an entire week was unnerving,” he recalls. “I didn’t realize how much stress I was under until I landed in the U.S. But after having time to look at the situation with my teacher, I felt confident about returning. And when the plane cleared the clouds and Narita was in sight, my body took a huge sigh of relief; the kind you feel when you’ve arrived home.”
 Changes with the earth are inevitable, Maeda notes, so it’s important for us to assist students in taking care of their mental, emotional and physical health to be able to handle these transformations we all experience. “It was the perfect time to activate Kundalini meditations for helping deal with earthquakes and even radiation,” he recounts.
 Through the crisis, Maeda, like Bettinger, realized that Japan was his home, that he came here “to teach and to learn, to share my experiences, to make new ones, to live life with the people of Japan.”
 That’s why he stayed.

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 Duncan Wong, 43, pioneer of the organic flow movement and creator of Yogic Arts, is philosophical about his family’s decision to stay in Japan, but relocate from Tokyo to another island.
 “I suppose in many ways it could be said that the small measure of peace we all seek in our lives might be achieved by remaining true to our inner feeling--that intuitive voice from our heart song which calls us to some unexplainable duty.”
 When Wong landed in Japan a few hours after the triple disaster to rendezvous with his pregnant Japanese wife in Kyoto, the magnitude, scale and implications of the disaster were difficult to process, “even after having survived direct impacts from 911 in NYC and the 1986 earthquake in San Francisco,” he writes.
 “Complete destruction of an entire region and a nuclear meltdown was a daunting reality to face, and although a full Evac. Op to Hawaii or Miami was put into place within 48 hours, Wong was, in the end, able to relocate his family of “a Japanese woman from Kanto, an American man from both coasts, their unborn identical twin sons, and their ojiichan (grandpa) toy poodle” to the southernmost island of Kyushu.
 It was Wong’s Japanese partner who gave him strength during this time. “My wife Junko taught me to live selflessly and to trust destiny in the face of a panicked inner and outer world.”
 “Being available to provide immediate financial ground relief to the Fukushima and Tohoku communities through charity yoga events across Japan provided me with the empowering ability to be a symbol of unity and courage to others;” he says. “Even within our fear and uncertainty from inconsistent raw intel available to us from the media and independent sources.”
 Today, Wong makes regular trips to Tokyo to “show up and teach.” He says he “finds heart in the faces of my brave Love Warrior Yoga Family who perhaps, in many ways, have already overcome the obstacles of fear and negativity that pose the greatest health risks of all.”

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 In the aftermath of the trifold disasters of the devastating earthquake, tsunami and nuclear catastrophe, many of us understood the opportunity we’d been given anew to use our collective power and compassion to respect our fragile planet, to curb our outrageous consumption, to help those less fortunate, and to heal.    Fujisawa says, “We must overcome our own suffering and the suffering of the world in a way so that we can be happy. With yoga, we can live in a way so that happiness is inevitable.”
 The crisis helped us to understand that home is where we are right now, in this moment, and that our practice is being with whatever arises, even if it’s the earth, the ocean, or even the end of our physical incarnation.
 We are all truly connected, and in times of disaster, when there’s a disconnect, we feel it strongly. And through this disconnect we are reminded of the power of connection--to the earth, to each other, to the humanity in all of us--and reminded to strengthen this connection. This is the heart of karma yoga--unity in action, coming together as one, for the future, for our planet, for each other.
 That is why so many of us decided, for now, to stay in our adopted country of Japan.

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American writer and yoga teacher Leza Lowitz is the owner of Sun and Moon Yoga in Tokyo. Her newest book is *Yoga Heart: Lines on the Six Perfections* (Stone Bridge Press). She has written about the disaster for The Huffington Post and Redroom.


Author’s note: Several other foreign teachers were contacted about this article but declined or were unavailable for comment.